2012年3月12日月曜日

東京大空襲 たった一晩で日本の女子どもを10万人以上も殺害できた理由

東京大空襲





たった一晩で日本の女子どもを10万人以上も殺害できた理由








東京郊外に爆発音の大きい通常爆弾を落とし、日本の女子どもをもう軍事施設がなくなって空爆される心配のない東京の中心地に追い込み





そして焼夷弾(現在のナパーム弾)で焼き殺す。



なぜ、アメリカ人は戦力外の女子どもを大量殺害したのですか?









http://portable.blog.ocn.ne.jp/t/typecast/171340/175313/36981109?pa...


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将棋なら詰みで王将を奪えば勝利だし、チェスならキングを奪えば勝利で相手も納得するけど、戦争の場合はねえ・・・

普通に考えれば周辺地域も奪われて沖縄も取られ、首都をらくらく爆撃されるのですから、 もう勝負をついたようなものですが、それでも相手が「マイッタ」しない場合は何をどうすれば終わったのでしょうね。



下手に王将を殺しちゃったら逆上するかもしれないし、序盤ならまだしも終盤にはもう圧倒的差がついてるのだから早めに「マイッタ」してもらいたかったのでしょうが・・・少しづつ少しづつ全滅までもっていくのも良かったのかどうかわかりません。



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東京大空襲の1ケ月前に、ドイツで「ドレスデン爆撃」と言う無差別

空爆を行い、ドイツを降伏に導いたということが米英軍にはあったと

思います。戦争を早く終わらせるためというのが公の理由です。

東京大空襲も酷いですが、ドレスデン爆撃もこれまた酷い空爆でした。



戦争を早く終わらせるために、軍事施設を狙う爆撃から、戦争に関係

ない人達に空爆を行う邪道な手段を取ったのが、東京大空襲と

ドレスデン爆撃であります。

私の個人的意見ですが、アングロサクソン特有の残虐さが生んだ悲劇

(自分達以外の優秀な民族をやっつける)ではないかと思います。


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理由は簡単です。

それは日本人が「非白人(有色人種)」だからですよ。



決して勘ちがいしないでください。

まちがっても日本を降伏においこみ、

戦争を早期に終結させるためではないのです。



あの時代は白人至上主義の時代であり、

白人国家が非白人国家を自分らの植民地にしたりして、

白人たちは非白人国家を力でおさえつけていました。



ところが、日本が近代化(明治維新)に成功し、

欧米列強に準じるレベルまで国力をあげ、日清戦争に勝利し、

さらには白人国家であるロシアにまで勝利しました。



さらにさらに第一次世界大戦にも参戦し、戦勝国になり、

国際連盟の協議の場で「人種差別をなくそう」と発言しました。

ところが、この事はアメリカ等の白人国家から猛反発をうけました。

アメリカをはじめとする白人国家はこの事がどうしてもゆるせなかったです。

なにせ自分たち白人よりも下等人種に位置するハズの非白人が

こんな事を国際協議の場で言ったのですからね。



だから、白人と対等な立場にたとうとする生意気な非白人を

徹底的に完膚なきまでたたきのめすためにあのような事をしたのです。



東京や大阪などの大都市だけにかぎらず

青森や富山といった地方都市にまで爆撃したのはこういった理由なのです。



日米戦争(太平洋戦争)には人種差別がおおきく関係しているのです。


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日本には全然関係のないアメリカ軍部の人事的な問題です。



アメリカの太平洋戦線は、勝てば勝つほどマッカーサーの人気が上がるという状況でした。

このため、マッカーサーは戦争末期には明確に大統領候補としてのふるまいを自覚して行動しています。

これに対して、どうしてもマッカーサーを英雄にしたくない人たちが軍の中にいっぱいいたということです。



だから、上陸戦の得意なマッカーサーに仕事をさせず、空爆など英雄が出ようのない戦いでゴリ押しして終わらせようとしました。

この時期、ルーズベルトの体調悪化や、その後の死去などアメリカ政府内は大混乱で、実際終戦直前には、天皇処刑を計画していた知日派が一掃されて、天皇を利用することを計画したアチソンらが台頭し、アチソン一派がマッカーサーに肩入れするなど、政権と軍部の勢力図は大統領の死去に伴って二転三転する始末でした。

だから、日本が遠からず降伏することはわかっていたものの、それがいつで、そのときにアメリカ政府・軍部の人事がどのようになっているかに関心が移ってしまっていて、日本の事情など全くお構いなしに空爆が行われていたのです。

だから、女子供のことも、全く埒外のことでした。



終戦後、マッカーサーは大統領予備選に敗れて日本占領政策に集中するようになり、この半ばふてくされた日本優遇の占領政策が、日本の急速な復興へと繋がっていきました。

そして、マッカーサーに肩入れしていたはずのアチソンは予備選に敗れたマッカーサーを見捨てて国務長官への道を歩み始め、マッカーサーの副官だったアイアコッカは政治の道へ進み、その後大統領になるなど、日本を終戦に導いた主力の人々は、いずれも数奇な運命をたどることになります。

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